愛とは何か?
永遠に人類を悩ませ続ける課題です。
しかし、この愛の言葉の心地よい響きに騙されてはなりません。
愛は幻であり実体のないものなのです。
その実体のないものに我々は人生や命をもかけていることを思い知るべきです。
愛の正体は単なる性ホルモンという化学物質の作用効果でしかないのです。
その化学変化は次第に反応が沈下してやがて何もない水と二酸化炭素へと変わるだけなのです。
|恋から愛へ
一瞬の閃きで人は異性への好意や関心がおこり、
次第に興味を深めていくと恋する状態に陥ります。
このとき対象とする相手のあらゆる特徴はすべてプラスに捉えられていきます。
古い脳で本能的に好意をもつと今度は新しい脳が理由づけを始めます。
あの人のあんなところが好き
などと
相手のあらゆる面がその人には魅力として後付けされていきます。
恋とは人が生殖相手として性本能が反応したときに
性行動に移るための言い訳と言うことになります。
そしてこの相手を欲する恋する感情は
次第に愛という精神性が加えられた次元の高いとされる感情として
新しい脳の中で意味付けされて認識されていきます。
愛という観念は露骨な性欲を外部にさらすことを
忌み嫌うようになった人間の編み出した一つの知恵です。
しかし、恋と愛の感情は本能そのものに起因して人の快楽への誘いとなるために
誰しも夢中になる人生における最大の楽しみ事です。
生き物は本質的にはDNAを次世代に運搬するための乗り物であり、
最終的な目的地はDNAの複製であり、すなわち子孫作りです。
自然はその生殖に勤しむ種にのみ繁栄の機会を与えました。
それが人間の繁栄です。
|恋が文明を生んだ
人は恋や愛に四六時中、夢中になることによって
間接的に繁殖に勤しむことになりその繁栄を獲得してきました。
極めて巧妙に仕掛けられて遺伝子の進化の仕組みです。
人は2足歩行によって脳の発達を促し知恵を確保し、
その知恵によってより豊富な食糧とカロリーを得ることが出来ました。
豊富な多くのエネルギーを能の発達をさらに促進します。
つまり、多量のカロリーは人の能の劇的な進化を起こさせ、
考える能力を強化し、人生における時間の余裕を与えました。
人はこの新たな進化のプロセスで得た創作能力と時間を
恋愛と文化に使うことになります。
そこに歌や詩、絵画が生まれてきます。
人は特に男性は多くの生殖相手の確保のために、
他の男子とは自らを差別しDNAを伝えるパートナーの獲得のために
自己の創作能力や技術、技の向上に励むことになります。
これが文明発祥の根本要因となります。
これらはすべて恋のため愛のために起因しています。
人間は次第に愛の観念を深く掘り下げていきますが、
その根本は生殖本能がもたらす性欲です。
|愛は女性のすべて??
現代の女性にとって愛という言葉ほどその心を震わすものはなく
愛の成就は女性たちの人生において重大な目標となっています。
女は愛に生き愛に死んで行くともまで言われています。
しかし、この女たちの希求する愛は男たちの意味する愛とは
大きな乖離をなしていることは多くの悲劇の元凶となっています。
女性にとって人生の終着駅となるの愛も男たちにとっては単なる手段でしかありません。
その認識の差こそ男と女がすれ違いを招いているといえます。
なぜならば男の生殖戦略の根本はより多くの遺伝子を多数のパートナーに
引き継がせることであり、
女性はより優れた雄の遺伝子を選別することだからです。
男性の愛はDNAを受け渡すためのチャンスの確保であり、
女性にとっては愛は男性の永遠の奉仕の確保を意味してます。
|男女の恋愛に求めるもの
男の愛と女の愛のこの根本的な違いを恋愛においては
常に意識しておかなくてはなりません。
しかし、この恋愛観の隔たりの溝を埋めんとする行為や努力は避けることが賢明です。
この溝は男たちのいかなる理屈も道理も決して女性たちを納得はさせえないからです。
女性たちには常に愛という何人も贖うことのできない高潔なる御旗がその手にしています。
そのために我々魔族の男どもは本性を決して表すことなく秘密裏の中で
己が欲望を果たさんことが懸命の行為と言えるでしょう。
男たちは女性の愛に対する重き想いをしっかり認識したなかで
恋愛の機微快楽を楽しむことを目指さなくてはなりません。
女性との衝突出来る限り避ける必要が重要です。
常に女性本位の恋愛の姿勢を示さなくては
決して望む性愛を楽しむことはできません。
自分の本性は如何なる場面においても表に出してはなりません。